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門限11時
いつも、時計の針が10時を回ろうとすると総は落ち着かない様子を隠そうとする。少しずつ帰りに乗る電車の駅の方へと近付く。毎回のことだけど、何回過ごしても慣れない門限11時までの1時間。いつもこの時間は俺たちを憂鬱にさせる。夜だから、と繋いだ手がすごく切なくて、いっそこの大きな手が俺を攫ってくれたらと思う。この1時間は俺も総も口数が減る。別に今生の別れでもないのに口を開けば、帰りたくないなどと言ってしまいそうになるから。きっと別れたくないのは総も同じで、それは固く握られた手から分かった。別れたくないのが俺一人だったなら、総が別れたくないとごねたなら、本当のことが言えたはずなのに。総が我慢してるのに俺だけが泣き言を言うわけにはいかない。それは、くだらなくてどうしようもないちっぽけなプライドだった。

いつもと同じように10時20分発の電車に乗る。電車に乗ると総は堰を切ったように突然話し出す。これもいつものこと。今日観た映画のどこが面白かったとか、あの俳優は演技が上手いとか、同じ監督の作品を今度一緒に観ようとか、そんな他愛もない会話でも俺たちの間のどこか重たい空気を吹き飛ばすには丁度よかった。

総の言葉に適当な相槌しか返せないまま、窓の外のネオンを見ていた。このまま電車が止まらずどこまでも行けばいいのにと何度目かの溜め息を吐いたのと同時に降りる駅に着いた。電車を降りて改札を抜けてからは一層時が経つのが早く感じる。わざとゆっくり歩いても流れる景色は俺たちを置き去りにするように足早に進み、あっという間にうちの近くの公園まで来てしまっていた。ここら辺まで来ると総は次に会うときの話をしだす。どんな映画が公開されるだとか、どこそこの店がセールをしているだとか。いつももったいないなあと思いながらも別れのことばかり気にして、総の発した言葉は俺の耳を上滑りしていく。繋いだ手から伝わる総の体温が、寂しい。なにも言わないことが辛くて、でも、口に出せない気持ちを吐き出す術はどこにもなかった。寂寥感だけが募って、また俺の心を重くした。公園のブランコと同じくらい、ぐらぐら不安定な気持ちが風に揺れた。

公園の角を曲がればうちまではすぐだ。大体、門限の5分前くらいには家の前に着く。腕時計を見ると11時まであと3分だった。総。俺の方を向いた総に触れるだけのキスをする。自分の正直な気持ちさえ言えない俺には、これが精一杯だった。それでも総には十分伝わったのか、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられた。裕二さん、と耳元で総が情けない声を出す。
「俺、一生懸命働いて早く裕二さんと暮らせるようになりますから」
そう言ってまた苦しいくらい強く抱きしめられた。総の言葉と、腕の力と、あついほどの体温に涙腺が緩む。だけど、泣いたら駄目だ。涙を堪えるように総の体を押し返して、精一杯平気な顔を作ってみせる。
「一緒に暮らすのなんかいつだって出来るんだから、今は勉強頑張れよ。待ってるから」
ただの強がりだった。それでも、自分が思った以上に声ははっきりとしていて、ひどく安心した。今にも泣きそうな総のほっぺたを両手で軽く叩いて渇を入れる。「早く迎えに来てくれよ」と笑って言うと総もくしゃっと笑った。

腕時計に目をやると、もう11時を少し過ぎていた。あんまり遅いと兄ちゃんうるさいから、と苦笑して今度はしっかりキスをした。おやすみ、の挨拶をして総が角を曲がるまで見送る。いつもは総の大きな背中が次第に小さくなっていくのが切なくて泣いてしまいそうになるけど、総の言葉とあったかい手を思い出せば溢れるのは好きという感情だけだった。
19:19  comments(0)
形而上の夢
沖くんの目がぎらぎら光ってわたしを見ていた。多分、それは“チーターに食べられそうなシマウマ”。きっと、そんな風だったに違いない。しかも、シマウマはシマウマでも食べられることを分かっていながら逃げようとしない馬鹿なシマウマ。それでよかった。わたしは沖くんになら食べられてもいい。シマウマがわたしでチーターが沖くんなら、何ひとつ後悔はない。

沖くん、と名前を呼ぶと沖くんはごめんな、と呟いて思い切りわたしの首を絞めた。沖くんの全体重が両の手を伝ってわたしの気管を圧迫する。頭の血管が膨張して破裂しそうでなにも考えられない。頭の中が本当に真っ白になる。圧迫、圧迫、圧迫。頭が痛い。顔が熱い。わたしの喉が必死に沖くんの細い指の下で律動していた。その動きを止めるように沖くんは手に力を入れた。沖くんは譫言みたいにごめんなを繰り返す。沖くん、もう、いいよ。首から下の身体が自分のものじゃないような感覚に陥る。頭が割れそう。わたしの意志とは無関係に酸素を求める肺。わたしの小さな脳はその動きを制止させる方法を知らない。沖くんの体を跳ね返そうと喉が隆起する。ごめんなごめんなごめんな、涙声で何度も呟く沖くんの目は見えない。

早く、早く、もう、いいから、。

冷たくて世界で一番優しい指が首筋に食い込むのが、怖くて嬉しかった。口内に僅かに残った酸素で、もう一度沖くんの名前を呼ぶ。途切れ途切れで掠れた声は沖くんに届いたのか、沖くんは変わらずごめんなを繰り返していたから分からなかった。沖くんの涙腺はいつの間にか形を無くして、わたしの頬に生温い涙を落とした。ゆっくり思考がフェードアウトしていく。本当に最後だから。
沖くん、だいすき
わたしの唇は音を紡ぐことが出来たのか、わたしの声は沖くんの鼓膜を震わせることが出来たのか、分からないまま意識を手放した。

目が覚めると冷たいフローリングの上だった。沖くんはどこにもいなくて、水音だけが鼓膜に響いていた。本当に殺してくれてよかったのに、そう考えながら沖くんがいるはずの浴室に向かった。浴室の扉を開けると何時もの様に沖くんはシャワーをコックいっぱい捻って座り込んでいた。沖くんは身体中びしょ濡れで、だけど声がかけられない。ただ、立ち尽くして沖くんを見下ろす。沖くんも何も言わずに次々と溢れ出る冷たい水に打たれているだけだった。何も言えずに、浮かんだだけの言葉が水と一緒に排水溝に流れていった。

水の音に耳が慣れたころ、電気も点いていない浴室は真っ暗だった。おきくん、暫くぶりに言葉を発したから唇はかさかさで、喉の奥に最後の“ん”が張り付いた。沖くんは聞こえないふりをした。きっと。おきくん、もう一度呼んで今度は後ろから抱きついた。その背中は触ったら壊れそうなくらい切なくて、沖くんは、とても儚かった。わたしがシャワーのコックを捻るのと同時に、沖くんがまたごめんなを言い始めた。わたしは沖くんが消えないようにただ抱きしめることしか出来なかった。沖くんに触れたところから水が染み込んで体が冷たくなる。いっそ、なにもかも同じになってしまいたかった。温度も感情も指先も心臓も融けてしまえばよかった。沖くん、大丈夫、そう言って腕に力を入れると、静かに垂れる水の中に一筋、あたたかいものが流れた。それだけが、消えてしまいそうな沖くんをつなぎ止める唯一のものだと、そう思った。沖くん、ごめんね。
21:36  comments(0)
弥生尽前
3月も下旬になったけど朝晩はまだ寒いな、なんて思いながら薄いカットソー1枚の裕二さんに目をやる。風呂上りとはいえ、肌寒そうだ。エアコンの設定温度を1度上げた。今、裕二さんは日課である風呂上りの柔軟をしている。ゆっくりと息を吐きながら前屈をすると、ぺったり、と胸がフローリングにつく。俺は体が硬いから、いつもこれを見ながら同じ人間とは思えないと思う。そうして眺めていると、今度は正座をした体制から上体を後ろへと反らす。その瞬間の苦しいような気持ちいいような息の吐き方と表情が、まさに情事中のそれと重なる。裕二さんの選んだ柔軟用のゆったりとした音楽とは不似合いな程に俺の胸は早い。

柔軟をしているときの裕二さんは言葉を発さず、まるで自分だけの世界に入り込むかのようだ。風呂上りでまだ湿っている肌、濡れた髪、Vネックのカットソーから覗く鎖骨、そこには俺がつけた紅い痕。蛇の生殺しってこういうのを言うんだろうな、と毎日思う。大体、裕二さんは邪魔したら怒るくせに誘ってるとしか思えない行動ばかりとる気がする。足裏を合わせ首をゆっくり回す裕二さん。今すぐ、その首筋にキスをしたいのに。もどかしくて溜息を吐くと、裕二さんが柔軟の最後にする深呼吸と重なった。腕をあげながら伸びをした裕二さんが俺を見ながら笑うから、ベッドの上でちょっと拗ねた顔をして裕二さんに手を伸ばしてみた。

裕二さんが俺の手を取った瞬間、ベッドに抱き込むと、裕二さんはまた笑って茶色い癖毛を揺らした。いつも通り、濡れた髪を乾かしてあげたいけど、今夜は無理。当の裕二さんが、なに拗ねてんの、なんて、なんでもない顔で訊くから、裕二さんが俺を誘うから、とカットソーの裾から手を滑り込ませた。俺の少し冷えた指先とは違って裕二さんの背中は暖かくて、その柔らかい肌を撫でる度に裕二さんはくすぐったそうな声を漏らす。それと、お前なあ、と呆れたように言う声とを飲み込んで、エアコンの温度を1度下げた。明日は日曜日。夜はまだ、長い。
20:09  comments(0)
ジャム・イン・ザ・キッチン
右の頬があったかい。ぼんやりと目を開くと朝で、左隣で寝ていたはずの裕二さんはキッチンで食事を作っていた。全然気付かなかった。いつも、裕二さんは俺より早く起きて朝ごはんを作ってくれる。裕二さんの方が、しんどいはずなのに。うー、と軽くベッドの上で伸びをして起き上がる。それに気付いた裕二さんが、やっと起きたか、と笑う。おはようございます、と目を擦りながら言うと、シャワー浴びて飯にしよう、と言った。裕二さんも一緒に浴びます?と眠い頭で思いついたことを口にすると、俺はもう浴びたから、と軽くあしらわれる。ほんとに、全然気付かなかった。ただ、覚えているのは、裕二さんの熱だけ。熱い裕二さんと汗で湿った髪、肌。そう、って俺を呼ぶ艶っぽい声。熱いシャワーを浴びながら昨夜の回想をしていると、また夢の中に引き込まれそうだった。頭を覚ますためにコックを捻って冷水を頭から浴びる。ゆうじ、さん。俺の呟きは水滴と一緒にバスルームの床に落ちていった。

タオルで髪を拭きながらキッチンへ入ると、裕二さんが食パンを焼こうとしているところだった。俺が2枚で、裕二さんが1枚。成人男性にしては裕二さんは食が細いと思う。俺だって、ひょろいとよく言われるけど背は高い方だ。裕二さんの身長は俺より10センチ以上低いし、体重もそれなりに差があるはずだ。そのくせ、力は俺に負けないほど強い。ほんと細いよなあ、テーブルにスープやサラダを置いていく体を見て思う。ぼーっと突っ立ってんなよ、と言われ、椅子に座ると焼けたパンを皿に乗せた裕二さんが向かいに座った。スープにサラダにベーコンエッグにパン。休日の朝には豪華すぎるほどの食事だ。パンに塗った途端溶けていくマーガリン。裕二さんの好きな甘いココア。多分、幸せっていうのはこういうのを言うんだ。生野菜を噛むたびにするぱりぱりという音でさえ、溶けてしまいそうだ。

あ、と思い出したように声を漏らした裕二さんが、冷蔵庫を覗きなにかを探す。これさ、沖がくれたんだ、と裕二さんが赤い可愛らしい壜を冷蔵庫から出した。手渡された壜のラベルを見ると苺の絵と筆記体でストロベリージャムと書かれていた。沖さん、甘いの好きそうだもんなあ、と思いながら、裕二さんに壜を返す。裕二さんはバターナイフでたっぷりとジャムを掬いパンにつけた。見るからに甘そう。それをおいしそうに食べる裕二さんのくちびるは真っ赤で、なんていうか、思わずキスをしたくなる。でも、今キスをしたら裕二さんは怒る。たぶん。いや、ぜったい。小食だけど食べることが大好きで、食事を大事にしてるから。だから、食事中に会話はあまりない。

出されたものをすっかり食べきった俺が悶々としながら、裕二さんを見ているうちに裕二さんも食事を終えた。裕二さんは、外食しても家でも、すぐには席は立たない。食事の余韻に浸るように食べ終えたあとの時間を楽しむ。いちごジャムのついた皿をもてあそぶ。その指の可憐さに我慢が出来なくなりそうだ。あとちょっと、そうだな。あと30秒だけ待って裕二さんが席を立たないなら、くちびるの端についたジャムを指で掬ってあげよう。そして、いちごのように真っ赤なくちびるに、キスをしよう。
14:29  comments(0)
真夏の夜の青
日付を跨いだころ、まだ騒いでいる恭介たちに帰ることを告げた。すっかり酔ってしまった裕二に、帰ろうと声をかけ、タクシーで家まで送ると言った。いつもだったら裕二はそういう申し出を断るけど、今日は大人しく従った。大きな通りに出てタクシーを拾って二人で乗る。気持ち悪い?と聞くと、だいじょうぶ、と全然大丈夫そうじゃない顔で返された。窓から見える街のネオンが眩しいのか、目を閉じてぐったりと俺に寄り掛かっている。いつも持ち歩いている水を差し出すと、こくこくと少しずつ飲んだ。不謹慎だけど、可愛い。親鳥になった気分になる。
10分ほどで裕二のマンションに着いた。裕二の部屋があるところを見ると灯りがついていた。総くんがいるのか。最初から総くんに連絡して迎えに来てもらえばよかったな。まあ、裕二とこうやって過ごす時間は久しぶりだったからいいけど。エレベーターに乗ってる間も裕二はぐったりしていて、裕二がこんなになるなんて珍しいなと思った。いつも慎重で呑みすぎることなんてないのに。総くんとなんかあったのかな、なんて下世話なことを考えているうちに裕二の部屋のある階に着く。降りるよ、と声をかければ、んー、と言いながら俺の服の端を引っ張り着いてくる。チャイムを押すと中から足音が聞こえ、久しぶりに見る総くんの顔が現れた。

裕二さんを頼みますって言ったのに、帰ってきた裕二さんは普段からは想像も出来ない程酔っていて、右耳にはピアスまで開いていた。なんてことだ。わざわざ、裕二さんを連れて帰ってくれた沖さんにお礼を言って裕二さんを引き取る。唸りながら俺の胸に顔を埋める裕二さんは、いつもと違う雰囲気でなんだか新鮮だ。不謹慎だけど、可愛い。なんで、ピアスなんか開けられてんですか、とか、タクシー代は、とか聞きたいことはたくさんあったが、沖さんはじゃあ、俺帰るから、とだけ言って帰って行った。よって、俺は疑問の全てを裕二さんに尋ねなければいけなくなった。
とりあえず、裕二さんをリビングに運んでソファに寝かせた。水いりますか、と聞くと、さっき飲んだ、と言われた。でも、酔い止めを飲ませないと、と思い水と一緒に持って行った。ぐずる裕二さんに薬と水を飲ませると少し楽になったのか、さっきよりは気持ち悪そうな顔じゃなくなった。もっと水ちょうだい、と言われ、さっきのは裕二さんなりの気遣いなのかなと思った。こういうときくらい甘えてくれてもいいのに。裕二さんは年上だからか、いつもどこか気を遣っているような気がする。たった、ひとつしか変わらないのに。もっと、頼ってください。そう言うと、裕二さんはぎゅうっと抱きついてきた。気持ち悪さからなのか、これが裕二さんなりの甘え方なのか、いつもより強い力で抱きしめられる。俺も抱きしめ返したかったけど、気持ち悪いんなら抱きしめない方がいいかなと思い、背中をさすった。

しばらく、裕二さんは目を閉じてゆっくり呼吸していた。寝ているようにも見えたが、腕の強さで寝ていないことに気付いた。微睡んだ目を開け、ごめん、と呟いた。なんに対してのごめんか分からなくて返事を探している間に、ピアス、恭介に開けられた、と続けた。ああ、そんなことですか、と笑うと、お前、俺のここの黒子すきって言ってたから、と。なんて、可愛いんだろう、この人は。そんな、普通だったら忘れるようなこと覚えてるなんて。俺は恭介さんのことは裕二さんの話でしか知らないけど、結構強引というか、無理矢理な節があるらしい。いいやつなんだけどさ、裕二さんは恭介さんの話になると決まってそう笑って言う。今日とて、例外ではなく、また思い出したように笑った。その表情が優しくて、俺は恭介さんが羨ましくなって、ちょっと恭介さんに嫉妬して、裕二さんの黒子のあった場所についているピアスにキスをする。

くすぐったそうに身を捩じらせた裕二さんを抱きしめる。肩口に顔を埋めると酒と、裕二さんの匂い。青いナイロンのシャツ。目の前が裕二さんのシャツの青でいっぱいになって、すこし太陽が恋しくなった。
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