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形而上の夢
沖くんの目がぎらぎら光ってわたしを見ていた。多分、それは“チーターに食べられそうなシマウマ”。きっと、そんな風だったに違いない。しかも、シマウマはシマウマでも食べられることを分かっていながら逃げようとしない馬鹿なシマウマ。それでよかった。わたしは沖くんになら食べられてもいい。シマウマがわたしでチーターが沖くんなら、何ひとつ後悔はない。

沖くん、と名前を呼ぶと沖くんはごめんな、と呟いて思い切りわたしの首を絞めた。沖くんの全体重が両の手を伝ってわたしの気管を圧迫する。頭の血管が膨張して破裂しそうでなにも考えられない。頭の中が本当に真っ白になる。圧迫、圧迫、圧迫。頭が痛い。顔が熱い。わたしの喉が必死に沖くんの細い指の下で律動していた。その動きを止めるように沖くんは手に力を入れた。沖くんは譫言みたいにごめんなを繰り返す。沖くん、もう、いいよ。首から下の身体が自分のものじゃないような感覚に陥る。頭が割れそう。わたしの意志とは無関係に酸素を求める肺。わたしの小さな脳はその動きを制止させる方法を知らない。沖くんの体を跳ね返そうと喉が隆起する。ごめんなごめんなごめんな、涙声で何度も呟く沖くんの目は見えない。

早く、早く、もう、いいから、。

冷たくて世界で一番優しい指が首筋に食い込むのが、怖くて嬉しかった。口内に僅かに残った酸素で、もう一度沖くんの名前を呼ぶ。途切れ途切れで掠れた声は沖くんに届いたのか、沖くんは変わらずごめんなを繰り返していたから分からなかった。沖くんの涙腺はいつの間にか形を無くして、わたしの頬に生温い涙を落とした。ゆっくり思考がフェードアウトしていく。本当に最後だから。
沖くん、だいすき
わたしの唇は音を紡ぐことが出来たのか、わたしの声は沖くんの鼓膜を震わせることが出来たのか、分からないまま意識を手放した。

目が覚めると冷たいフローリングの上だった。沖くんはどこにもいなくて、水音だけが鼓膜に響いていた。本当に殺してくれてよかったのに、そう考えながら沖くんがいるはずの浴室に向かった。浴室の扉を開けると何時もの様に沖くんはシャワーをコックいっぱい捻って座り込んでいた。沖くんは身体中びしょ濡れで、だけど声がかけられない。ただ、立ち尽くして沖くんを見下ろす。沖くんも何も言わずに次々と溢れ出る冷たい水に打たれているだけだった。何も言えずに、浮かんだだけの言葉が水と一緒に排水溝に流れていった。

水の音に耳が慣れたころ、電気も点いていない浴室は真っ暗だった。おきくん、暫くぶりに言葉を発したから唇はかさかさで、喉の奥に最後の“ん”が張り付いた。沖くんは聞こえないふりをした。きっと。おきくん、もう一度呼んで今度は後ろから抱きついた。その背中は触ったら壊れそうなくらい切なくて、沖くんは、とても儚かった。わたしがシャワーのコックを捻るのと同時に、沖くんがまたごめんなを言い始めた。わたしは沖くんが消えないようにただ抱きしめることしか出来なかった。沖くんに触れたところから水が染み込んで体が冷たくなる。いっそ、なにもかも同じになってしまいたかった。温度も感情も指先も心臓も融けてしまえばよかった。沖くん、大丈夫、そう言って腕に力を入れると、静かに垂れる水の中に一筋、あたたかいものが流れた。それだけが、消えてしまいそうな沖くんをつなぎ止める唯一のものだと、そう思った。沖くん、ごめんね。
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